ポモールのアイデンティティ
ソ連崩壊後、ポモールをロシア人の一部とみなすか、あるいはロシア北部の先住民の一つとみなすかで論争が起きている。ソビエトはポモールを独立した民族として承認するのを拒んだが、これに対し、ポモールはノヴゴロドからの入植者だけが祖先ではなくロシア人とは異なる存在で、東スラヴ人の中でも最も北に住む独自の民族であり、周囲のフィン・ウゴル語族との関わりで独自の文化や伝統を育み、ロシア人に吸収されずにアイデンティティを今日まで保ったという主張もある。2002年の国勢調査では6,571人が自らをポモールであると答えた。そのほとんど(6,295人)はアルハンゲリスク州に、ムルマンスク州に若干(127人)が住む。
ロシアでは人口の少ない州の集約が進み、アルハンゲリスク・ムルマンスク両州とコミ共和国、ネネツ自治管区を合併する案もあるが、合併後の州の名に「ポモール州」も候補に挙がっている。
12世紀より、ノヴゴロド公国からの探検家が北ドヴィナ川やオネガ川の河口を経て、白海沿岸のビャルマランド(Bjarmaland, 白海南岸にあるとノース人が記した地)に入植し、ポモールと呼ばれる集団を形成した。その中心都市はホルモゴルイであったが、16世紀末よりアルハンゲリスクが台頭する。入植者たちはコラ半島北岸のコラに設けた前哨から、海を越えてバレンツ海沿岸地方、スピッツベルゲン島、ノバヤゼムリャなどを探検した。ポモール人の地はノヴゴロド公国の植民地となっていたが、ノヴゴロドとモスクワの合併後はモスクワ大公国に併合された。
ポモールたちはアルハンゲリスクから東のシベリア北部へ向かう北極海航路を発見し、これを交易に使った。彼らは流氷の海を航海するためにコッチ(koch)という船を使い、ウラル山脈の東の地方にまで足を伸ばし、16世紀初頭にはヤマル半島東部のオビ湾沿いにマンガゼヤの港を開いた。学者の中には、17世紀初頭にシベリアのはるか東のインディギルカ川三角州に成立したルスコエ・ウスティエ(Russkoye Ustye)の村の創設者をポモールではないかと考える者もいる。16世紀には、マンガゼヤ・アルハンゲリスクからスカンジナビア半島北岸を経由し、イギリスやオランダに至る海上貿易も盛んであり、ポモールはシベリア北部で手に入れた毛皮やセイウチの牙、マンモスの牙などを西欧に売り利益を上げていた。
『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
ポモールはロシア北西部の白海沿いの地方に住む民族です。
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